養育費は個人再生で減額される?令和8年改正に伴う再生手続きへの影響1
養育費は個人再生で減額される?令和8年改正に伴う再生手続きへの影響1
個人再生を検討されている方にとって、抱えている債務が手続の中でどう扱われるのかは、大きな関心事だと思います。
このコラムでは、令和8年(2026年)4月1日に施行された民法改正により、養育費に先取特権が付与されたことが、個人再生手続における養育費の扱いにどう影響するのかを解説します。
結論
養育費は、個人再生をしても減額されません。
一方で、令和8年改正により、一定範囲の養育費は一般優先債権として扱われ、手続中でも支払いを継続しやすくなりました。
ただし、月額8万円を超える部分や、令和8年4月1日より前に発生した滞納分については、従来どおり慎重な検討が必要です。
目次
- 1 個人再生では養育費は「減額されない債権」
- 2 従来の論点:手続中の支払いは偏頗弁済になるか
- 3 令和8年改正:養育費に一般先取特権が付与された
- 4 改正の効果:一般優先債権として随時弁済しやすくなる
- 5 注意すべき限界
- 6 個人再生を検討する場合の実務的な整理
- 7 まとめ
- 8 Q&A
1 個人再生では養育費は「減額されない債権」
まず出発点として、養育費は個人再生をしても減額されません。
個人再生では、多くの債務、たとえば貸金業者からの借入れやクレジット債務などは、再生計画によって大幅に圧縮されます。
しかし、一定の債権は非減免債権として、再生計画による減額の対象から外されています。
養育費、婚姻費用、扶養義務に基づく請求権は、この非減免債権にあたります。
つまり、たとえ個人再生が認可されても、養育費の未払分(滞納分)や将来分の支払義務が消えたり、減ったりすることはありません。
この点は、令和8年改正の前後を通じて変わりません。
2 従来の論点:手続中の支払いは偏頗弁済になるか
偏頗弁済とは
問題は、「減額されない」ことと、「手続中に自由に支払ってよい」こととは別だという点です。
個人再生には、債権者を平等に扱うべきだという大原則があります。
特定の債権者にだけ先に支払う行為は、偏頗弁済と呼ばれ、次のような不利益につながることがあります。
- 偏頗弁済に相当する額が清算価値に上乗せされ、最低弁済額が増える
- 場合によっては、再生計画の不認可事由につながる
つまり、手続中に特定の債務だけを優先して支払うと、個人再生全体に影響する可能性があります。
養育費の支払いは偏頗弁済になるのか
改正前の養育費は、この偏頗弁済の枠組みとの関係が必ずしも明確ではありませんでした。
支払時期を過ぎた滞納養育費は、法的には再生債権です。
非減免債権ではあっても、再生債権であることに変わりはありません。
そのため、手続準備中にこれを他の債権者に先んじて支払えば、理屈のうえでは偏頗弁済と評価される余地がありました。
もっとも、養育費は子どもの生活費そのものです。親の債務整理を理由に、その支払いが妨げられることは、子どもにとっては、理不尽な扱いといえます。
そのため、当事務所では、従来から、高額すぎない養育費であれば送金してよいと説明してきました。
実際にも、そのような扱いについて、各地の裁判所から支払いを問題視された例はほとんどありません。
ただし、後述するように、養育費が高額すぎる場合には、偏頗弁済として問題になる可能性があります。
3 令和8年改正:養育費に一般先取特権が付与された
令和6年5月成立、令和8年4月1日施行の改正民法により、養育費・婚姻費用・法定養育費・扶養料のうち、子の監護に要する費用として相当な額について、一般先取特権が付与されました。
関係する条文は、民法306条3号、308条の2です。
一般先取特権とは、債務者の総財産から、他の一般債権者に優先して弁済を受けられる法定の担保権です。
その順位は、共益費用・雇用関係に次ぐ第3順位とされました。
また、先取特権が及ぶ額の上限は、法務省令により、子1人あたり月額8万円と定められています。
注意点
この改正は、「養育費を回収する側」の制度として説明されることが多いですが、実は個人再生をする側の手続にも影響します。
4 改正の効果:一般優先債権として随時弁済しやすくなる
ここが本コラムの重要なポイントです。
一般先取特権のある債権は、法律上、一般優先債権として扱われます。
一般優先債権は、再生手続によらずに随時弁済することが認められています。
そして、一般優先債権は、そもそも再生債権ではありません。
そのため、再生債権者間の平等原則や偏頗弁済という問題領域の外側に位置づけられます。
これを養育費にあてはめると、次のように整理できます。
改正後の整理
先取特権が及ぶ範囲、つまり子1人あたり月額8万円の枠内の養育費は、改正後は一般優先債権として随時弁済しやすくなります。
そのため、この範囲の養育費を支払っても、偏頗弁済の評価を受けにくくなると考えられます。
法改正により、養育費は、一般優先債権と扱われるため、再生手続前に支払っても許されると説明ができるようになりました。
この点が、実務上の大きな意味を持ちます。
5 注意すべき限界
もっとも、法的性質が変わる範囲は無制限ではありません。
特に、次の3つの限界に注意が必要です。
月額8万円を超える部分
先取特権が及ぶのは、「相当な額」とされる範囲です。
法務省令では、子1人あたり月額8万円までとされています。
そのため、月額8万円を超える部分は、先取特権のない通常の再生債権のままです。
この超過部分を手続中に優先して支払うと、従来どおり偏頗弁済の問題が残ります。
もっとも、実務では、8万円を超えない場合でも問題視される場合があります。
当事務所では、改正前の申立案件において、3人の子に月額20万円を超える養育費の滞納分を支払い続けていた再生債務者に対し、
個人再生委員から、支払額の妥当性に関する疑義を呈され、将来分を減額猶予してもらうよう求められた例があります。
改正後の基準では、子ども3人なら月額24万円(8万円×3人)までが先取特権の対象になります。
そのため、少なくともこの範囲内の支払いであれば、偏頗弁済が問題になりにくくなりました。
ただし、先取特権の範囲内であっても、収入に比べて養育費が著しく高額な場合には、別の問題が生じます。
再生計画を最後まで履行できるのか、という「履行可能性」の問題です。この場合、収入の状況によっては、養育費そのものの減額や支払方法の見直しを求められることがあります。
また、先取特権の範囲を超える支払いについては、改正後も引き続き、偏頗弁済にあたらないか個別に検討が必要です。
施行日前に発生した滞納分
先取特権が付与されるのは、施行日である令和8年4月1日以後に生じる養育費です。
令和8年4月1日より前に発生していた滞納分には、先取特権は及びません。
そのため、施行日前の滞納分をまとめて支払う場合には、改正前と同じ枠組みで検討する必要があります。
相当額の証明・特定
先取特権として扱われるためには、対象となる養育費の存在と額が適切に特定されている必要があります。
取り決めの内容や書面の記載が不十分な場合、一般優先債権として扱われないおそれがあります。
なお、明確な合意があれば、18歳以上の子についても養育費の支払いが認められる余地があります。
もっとも、個人間の合意書では、支払時期や終了時期が不明確な場合もあります。
そのような場合には、支払いの相当性が問題になる可能性があります。
6 個人再生を検討する場合の実務的な整理
以上をふまえると、個人再生の中で養育費の支払いをどう扱うかは、少なくとも次の2点で切り分けて考える必要があります。
- その養育費は、令和8年4月1日以後に発生したものか
- 支払おうとする額は、子1人あたり月額8万円の範囲内か
この2つを満たす部分は、一般優先債権として随時弁済しやすくなります。
他方で、施行前発生分や上限超過分は、従来どおり、偏頗弁済や清算価値との関係を慎重に検討すべき領域として残ります。
養育費が個人再生によって減額されないこと自体は、改正の前後を通じて変わりません。
改正が変えたのは、あくまで手続中に支払いを継続しやすくなった範囲があるという点です。
7 まとめ
- 養育費は、個人再生でも減額されない非減免債権です。
- この点は、令和8年改正の前後で変わりません。
- 改正前は、特に申立前に養育費を優先的に弁済すると、偏頗弁済の評価を受ける余地がありました。
- 改正により、上限額である月額8万円の範囲内かつ施行後発生分については、養育費が一般優先債権として扱われます。
- その結果、随時弁済しやすくなり、偏頗弁済の枠組みから外れる方向になりました。
- ただし、月額8万円を超える部分や施行前発生分については、従来どおり慎重な検討が必要です。
個別のケースで養育費の支払いをどう扱うかは、発生時期、金額、取り決めの内容によって結論が変わります。
ご自身の状況にあてはめた判断が必要な場合は、弁護士にご相談ください。
※ 令和8年法改正では、法定養育費に関する制度が新たに創設され、滞納養育費に対する強制執行の制度が強化されました。
このことは、養育費を長期滞納している方の個人再生が難しくなる要因になるかもしれません。
機会があれば、このコラムで解説したいと思います。
8 Q&A
Q1. 個人再生をすると、養育費も減額されますか。
いいえ。養育費は非減免債権にあたり、再生計画によって減額されることはありません。
滞納分・将来分ともに支払義務は残ります。
これは、改正の前後で変わりません。
Q2. では、改正で何が変わったのですか。
「養育費が減らないこと」は従来どおりです。
変わったのは、手続中に養育費を支払ってよいか、つまり偏頗弁済にあたらないかという点の整理です。
改正で養育費に一般先取特権が付与された結果、上限額の範囲では一般優先債権として扱われ、随時弁済しやすくなりました。
Q3. どの範囲まで随時弁済しやすくなったのですか。
子1人あたり月額8万円までの部分で、かつ令和8年4月1日以後に発生した養育費に限られます。
この2つを満たす部分が対象です。
Q4. 1人あたり月8万円を超える養育費を払っている場合はどうなりますか。
月額8万円を超える部分には、先取特権が及びません。
そのため、通常の再生債権として扱われます。
この部分を手続中に優先して支払うと、偏頗弁済として清算価値に上乗せされ、返済総額が増えるおそれがあります。
個別事情によっては正当化される可能性もありますが、慎重な判断が必要です。
Q5. 施行日より前から滞納していた養育費はどうなりますか。
令和8年4月1日より前に発生した分には、先取特権が及びません。
そのため、改正前と同じ枠組みで、偏頗弁済にあたらないかを個別に検討する必要があります。
Q6. 申立準備中、求められて養育費を払ってしまいました。問題になりますか。
支払った養育費が、法改正後の発生分であり、かつ子1人あたり月額8万円の範囲内であれば、偏頗弁済の問題は生じにくいと考えられます。
そうでない場合には、清算価値や再生計画への影響を検討する必要があります。
個別の判断は、支払時期、金額、取り決め内容によって変わります。
監修者情報
弁護士
吉田浩司(よしだこうじ)
専門分野:債務整理事件(任意整理・個人再生・自己破産など)
2004年(旧)司法試験合格 2006年弁護士登録、2010年8月にTMG法律事務所開業。任意整理、個人再生、自己破産等の債務整理事件に数多く取り組んでいる。特に個人再生の取扱が多い。